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刺青:刺青とは

刺青とは5

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刺青(しせい)とは 

「いれずみ」の当て字としても使われる。

古くから「黥」の文字も使われ、江戸時代には「文身」が主に使われた。

「刺青」の文字が最初に使われたのがいつからかはっきりはしないが
明治5年の「新聞雑誌三九」に「刺青」の文字が見られる。

一般に広く定着するのは
谷崎潤一郎の短編集「刺青」以後。
ちなみに藤沢周の作品「刺青」は(いれずみ)と読む。

「いれずみ」と読むか「しせい」と読むかで少々意味合いが異なってくる。

一般的にいわれる「いれずみ」は
「文身」「入墨」「彫もの」「刺青」などの言葉で、
ニュアンスの違いによって分類される。

広義な意味での「いれずみ」と幾分狭義な「刺青・しせい」は異なる。

なお、現在の公的文書で「いれずみ」は主に「入れ墨」が用いられているが、愛好家にはこの「入れ墨」(入墨)という表記は刑罰として用いられたイメージが強い為あまり好まれていない。

通常、愛好家は「彫り物」「和彫り」「刺青」などと呼ぶ。


irezumi3 at 12:43|PermalinkTrackBack(0)clip!

入れ墨という呼び名に関して4

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刺青を「入れ墨」と表記しているのをたまに見かけるが、
これは彫り師にとってはあまり好まれる言い方ではない。

呼び名は両方とも「いれずみ」と読むが、
意味合い的にはこの「刺青」「入れ墨」ではだいぶ違う。

「入れ墨」というのは、昔に刑罰として使われたものを指して言われる事が多い。何か犯罪を犯したものが腕や顔などに線や文字などをいれられる犯罪者の印として使われた刑を「入れ墨刑」と言った。

そういった理由から、「入れ墨」という言い方は単なる「墨を罰としていれた」「ただ、墨を体に入れた」という意味合いで使われることが多い。

対して、「刺青」というのは谷崎潤一郎氏の小説から生まれた言葉だといわれているが、こちらの方が「美」としての刺青を表すのによく使われている。

刺青の絵柄が洋風であるのならば、それは「tattoo」だとか「ワンポイント タトゥー」だとか呼ばれる事が多い。

和彫りの刺青に関しては、「彫り物」などと呼ばれることが多い。

その他、倶梨伽羅紋紋の絵柄から「もんもん」などと呼ばれたり、関西では「がまん」と呼ばれたりする。「がまん」という言葉の語源は、もちろん彫り物を入れるには我慢しなければ耐えられない痛みである事に由来している。

彫り師やタトゥーアーティストにとって、「刺青」を「入れ墨」と表記していう事はあまり好ましくない、というのが定説だ。
なぜなら、「入れ墨」というのは単なる「犯罪のしるし」というイメージが強いからである。

逆に、彫り師の方でもその事実を皮肉って、わざと自分の名前や屋号に「入れ墨」という看板をかかげる人もいる。


irezumi3 at 10:00|PermalinkTrackBack(0)clip!

刺青の歴史3

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古代刺青の歴史

縄文時代の土器の人形の縄文式文様は
入れ墨のしるしだとする説があるが、確証はない。

3世紀の日本について記した『魏志』倭人伝は、
男子がみな黥面文身していたと伝える。

文身とは、顔以外の身体に入れ墨をすることであり、
黥面とは顔に入れ墨をすることである。

時代が下って、『日本書紀』の記事中にも、
入墨についての記事がある。

武内宿禰の東国からの帰還報告として、
蝦夷の男女が文身していたとある(景行27年2月条)。
履中天皇が住吉仲(すみのえなか)皇子の反乱に加担した
阿曇野連浜子(あずみのむらじはまこ)に、罰として黥面をさせた。

河内飼部(かわちのかいべ)の黥面をやめさせた
(履中元年4月条、同5年9月条)。

宮廷で飼われていた鳥が犬にかみ殺されたので、
犬の飼い主に黥面して鳥飼部(とりかいべ)とした(雄略11年10 月条)。

阿曇野連は漁民でもある海部(あまべ)を統括する氏族であり、
河内飼部は馬の飼育にかかわる河内馬飼部(うまかいべ)のことであり、
また鳥の飼育をするのが鳥飼部である。

これらは、生き物を飼う職能集団であるという共通性がみられる。
飼育している生き物からの危害を避け、威嚇する意味も含めて、
こうした呪術的意味を含み黥面をしていたと推側する研究者もいる。

wikipedia<入れ墨>より抜粋


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